本の思い出
祖母は今年で87歳になる。
最後の一人となってしまった祖母は認知症で施設に入居している。
僕は本が大好きだ。
読むことはもちろんだが、集めることも、買うことも、モノとしても、そして本屋も好きである。
街で家内の買い物を本屋で待っていた。
女の洋服選びに付き合うくらいなら、本屋でゆっくり最新刊でも見ていた方が良い。
遅いなぁと思い、本をパラパラと見ていた時にフッと幼い頃、よく同じように、
買い物をしている祖母を待っていたのを思い出した。
僕の家は別に貧しかった訳ではないが、教訓方針からか子にあまりモノを買い与えることがなかった。
内緒で買ったもらったおもちゃを見つけられてよく怒られた。
しかし、本だけは別であった。
本を読んでいると褒められた。
だから幼い僕はよく祖母に本をどうどうと買ってもらっていた。
だいたいが祖母の買い物を待っている間に、欲しい本の目星をつけておいて、迎えに来た時に買ってとせがむのだ。
きっと僕に、本の蒐集癖があるのはこのためだと思う。
買ってもらった本を祖母の家に持ち帰り、一ページ目を括る時の興奮。
厳しかった両親とは違い、なんでも無条件にに受け入れてくれる祖母の慈愛を幼いながら感じ取っていたのだろう。
幼年期の、幸せに包まれている記憶。
その祖母も、今では僕のことすらわからない。
あの頃買ってもらった本は一冊も残っていない。
小公女やあしながおじさんが載った世界少年少女文学全集や怪人20面相シリーズなど
当時買ってもらい、眺めたり読んだりした本は色褪せず記憶にしっかり残っている。
先日、空き家となってしまった祖母の家を整理していると本棚の片隅に
「風の又三郎」ポプラ社発行を見つけた。
僕が小学校4年生のとき、祖母の誕生日にプレゼントしたものだ。
当時の僕はプレゼントするのも本しか思い浮かばなかったのだろう。
涙がこぼれた。
祖母の記憶からは多くのものが永遠に失われてしまった。
僕が祖母から受けた愛情の記憶だけが、鮮明に色濃く残っている。